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千葉地方裁判所 平成8年(わ)311号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、千葉県警察本部船橋警察署地域課宮本交番に勤務する巡査であったが

第一  平成八年二月二四日午前一時ころ、千葉県船橋市《番地略》所在の甲野一階立体駐車場等に通ずる通路において、駐車苦情を受けて臨場したものの、その対応に苦慮する余り単にその場しのぎに、すなわち職務を遂行するに当たってする場合でないのに、法令に基づき職務のため携帯所持していた回転弾倉式けん銃(口径〇・三八インチ、ニューナンブM六〇型)で弾丸二発を苦情の対象となった自動車に向けて連続して発射し、もって、不特定若しくは多数の者の用に供される場所においてけん銃を発射し

第二  前記第一の犯行後、職務を放棄して逃亡したものであり、もはや法令に基づき職務のため所持する場合でなく、その他の法定の除外事由もないのに、同月二六日午前一一時二〇分ころ、東京都八王子市《番地略》所在の乙山旅館二階八号室において、前記回転弾倉式けん銃一丁を所持し、その際、右けん銃をこれに適合する実包三個(いずれも弾倉に装てんされたもの)と共に保管したものである。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の行為は銃砲刀剣類所持等取締法三一条、三条の一三に、判示第二の行為は同法三一条の三第二項、一項、三条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予することとする。

なお、被告人は公判で、駐車苦情を申告した者らが苦情の対象となっている自動車に自己の車両をぶつけてでも出て行くとの言動に出たため、そのような器物損壊の犯罪行為を防止するためにけん銃を発射したなど、職務を遂行するに当たってけん銃を発射したかのような供述もするが、これは、事後的に自己の行為を正当化するために考え出した供述と解されるから、採用できない。むしろ、関係各証拠を総合すれば、被告人の本件発射行為は、被告人が執ような駐車苦情に適切に対処することができず、とっさに被告人なりにその場を取り繕うためになした行為であって、およそ職務執行の名に値しない行為であるといわざるを得ないから、銃砲刀剣類所持等取締法三条の一三ただし書にいう「その職務を遂行するに当たって」行った場合に該当する余地のないことは明白である。

(量刑の事情)

一  本件に至るまでの経緯及び本件の経過のあらましは次のようなものである。

被告人は、平成元年三月高等学校を卒業し、同年四月に千葉県巡査を拝命し、一年間警察学校で学んだ後、空港警備隊勤務などを経て、平成七年二月から船橋警察署管内の宮本交番に勤務していた。ところで、被告人は、もともと父親の勧めで警察官を志したものであるが、既に警察学校で勉強中に警察官に向いていないと考えて辞めたいと教官に相談したこともあったところ、空港警備隊勤務中、先輩隊員のいじめに遭うなどしたことが原因で職務を放棄して京都に逃亡するという回避的行動に出たことがあったが、このときは、両親や上司の説得を受け、警察官を続けることとなった。その後、交番勤務になってからも、もともと対人接触が苦手であったため、交通違反を検挙しても逆に苦情を言われるとその対応に苦慮したり、駐車苦情の処理に臨場してもこれに適切に対処できないなどということがしばしばあった。平成八年に入ってからはますます仕事に自信を失い、体調も優れない状態が続いていた。

被告人は、平成八年二月二三日は、相勤の巡査部長が風邪で休暇をとっていたため前記宮本交番で単独で勤務することを余儀なくされ、一層の不安を覚えていたところ、翌二四日午前零時一三分過ぎころ船橋警察署から駐車苦情の処理に当たるようにとの指示を受けた。あらかじめ交番内で照会センターに対象車両の所有者を照会したが、所有者名を正確に聞かなかった不手際から、電話番号案内に問い合わせたものの該当者なしということで、その車両の所有者に連絡を取る手段を得られないまま、バイクで一人現場に向かった。被告人が、現場である甲野一階立体駐車場等に通ずる通路に到着すると、通報者らは年輩の男とそれより若い男及び若い女の三人連れであり、その通路の奥に駐車された通報者の車両が出るのに障害となる位置に一台の自動車が駐車されていた。通報者の若い方の男が被告人に向かって「この車が邪魔なので出られないのでどかしてくれ。車をすぐに出さないと明日の契約に使えない。」と苦情を言ってきたので、被告人は、私有地の駐車場内であるから警察官が勝手に車両を動かすことはできないこと、車両の所有者の電話番号を調べたが該当がなかったので連絡がとれないことを説明したが、相手方から、声が小さくて聞こえないなどと文句を言われる始末であった。若い方の男とさらに年輩の男が「なんとかどかしてくれなければ困るんだ。」と強く求めてきたので、被告人は、その対応に困り、同マンションの上の方に向かって車の所有者に出て来るよう怒鳴ったり、当該車両の車体を二、三回蹴ったりなど、警察官としての適切な職務から逸脱した行動に出始めた。そうするうち、年輩の男と若い方の男が、妨害となっている車両にぶつけてでも出て行くと言い始め、若い方の男は自分の車に乗り込んでしまった。被告人は、これらの要求を受けてどのように対処してよいか全く分からなくなり、とっさに、被告人なりにその場しのぎに、職務のため携帯所持していた実包五発が装てされた回転弾倉式けん銃をけん銃入れから取り出し、苦情対象車両の後方において両足を開いて立ち、けん銃を構えて、同車両に対し弾丸を二発発射した。

被告人は、発砲後右けん銃をけん銃入れに納めるや、無線で船橋警察署に「本職は頭がおかしくなり、車両に向け、けん銃二発を発射した。」旨通報した。これを見ていた年輩の男がけん銃を取り上げようとして迫ってきたように感じた被告人は、近くの船橋大神宮の境内まで逃走し、そこで、船橋署からの「けん銃をホルスターにしまってそこで待機していろ。」との無線よる指示を受けたが、これに従わず、自らが直面している責任から逃れようと、同所から逃走した。被告人は、徒歩で逃走途中、ヘルメットや強力ライトを捨てたが、実包三発を装てんしたままのけん銃と無線機は、捨てた場合に使った者に悪用されることを考えて捨てることもできず、拾った紙袋に入れて他人の目に触れないようにして携帯した上で、途中からバスに乗ってJR総武線幕張本郷駅まで出て、同駅から八王子駅まで電車で行くなどして逃走を続け、同日午後七時三〇分ころ、東京都八王子市《番地略》所在の乙山旅館に投宿した。被告人は同月二六日午前一一時二〇分ころ、乙山旅館の経営者の通報により臨場した警視庁高尾警察署員らに身柄を確保されたが、その際、宿泊していた同旅館二階八号室において、実包三個を弾倉に装てんした状態のけん銃一丁を紙袋に入れて保管所持していた。

二  警察官は法令に基づき職務のためにけん銃等の携帯を許されているわけであるが、駐車苦情の処理のため現場に臨んだ被告人は、その苦情に適切に対処することができず、その執ようかつ一方的な車両の移動要求などに呑み込まれて、その場しのぎに、けん銃を発射したものである。マンション一階立体駐車場等に通ずる通路という公道に面した不特定若しくは多数の者の用に供される場所において、弾丸を二発も発射しており、弾丸が自動車の先の公道にまで達するおそれも十分にあったのである。したがって、発射音が付近住民に心理的な不安感を与えたにとどまらず、本件発射行為は客観的にも危険度の高い行為であった。その後、被告人は、「頭がおかしくなった。」旨の無線報告を残し、実包三個を装てんした右けん銃を携帯したまま、無線による待機せよとの指示にも従うことなく職場を離脱して逃走し、判示第二の犯行に出たのである。これら一連の常軌を逸した被告人の行動により、一般人に多大な不安を与えたのみならず、何よりも国民の警察に対する信頼を著しく失墜させたものである。

三  しかしながら、本件を更に深く検討すると、本件には次のような特質が認められる。まず、本件の駐車苦情申告者らは、マンションの管理上、駐車禁止とされており、その旨の表示もなされている本件の現場に駐車しておきながら、深夜、酒気を帯び、自分の都合のみを主張して執ように自分の車を出させろと警察官である被告人に迫ったのである。これに加えて、本件は、やはり被告人の性格上の問題によるところが大きい。被告人は、もともと内向的で気が弱い性格であるところ、警察官として必要な対人折衝能力、なかでも苦情を受けたときに警察官としてこれに適切に対処する能力を欠いていた上、困難な状況に直面するとこれを回避しようとする行動傾向が顕著であって、本件犯行においても、被告人のこのような性格が如実に現れている。高尾への逃避行は、かつての京都への逃亡という従前の行動のパターンが繰り返されたともいえる。いずれにせよ、被告人において、一人で本件の駐車苦情に適切に対処することは困難であったといわざるを得ないところである。

次に、被告人につき判示第二のけん銃の加重所持罪が成立するとはいっても、今まで職務のために適法に携帯してきた者が、判示第一の犯行後、職場離脱し、逃亡したものの、いずれ逮捕等されるまでの間これを他人の手に渡すことのないように保管していたというのであるから、その違法性の程度は、かなり低いというべきである。

四  その他の情状として、被告人が発砲によって損壊した車両の所有者との間では修理代等の損害賠償として五七万余円を支払って示談が成立しており、その器物損壊については告訴が取り下げられていること、かえって、この車両の所有者をはじめとして同マンション関係者らの中には、本件の切っ掛けを作った駐車苦情申告者らの方を非難し、被告人に対しては同情を寄せている者がいることがうかがえること、本件により被告人は懲戒免職の処分を受け、職務上の制裁を受けていること、父親が公判に出廷し、被告人の今後の生活を指導監督していくと述べていることなどの事情もある。

五  そこで、これら情状を斟酌して、被告人を直ちに実刑に処するのではなく、被告人に対し刑の執行を猶予することを相当と認め、主文のとおり判決することとする。

(求刑 懲役五年)

(裁判長裁判官 中川武隆 裁判官 竹花俊徳 裁判官 佐藤卓生)

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